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2008年9月

BS2大好き 『瞳』最終回

BS2大好き     『瞳』最終回
BS2大好き     『瞳』最終回
『ちりとてちん』が終わり、次は見るのを止めておこうと思っていましたが、これがまた見始めるとどうしても、見たくなってしまうのです。

今回のヒロインは背が高く、清純な子が選ばれ、毎日ドラマを見て見慣れて来ると、だんだん親しみが湧いてきます。ドラマが終わる頃には、すっかり有名人になっているでしょう。榮倉奈々可愛いかったです。

ドラマの舞台も私に馴染みの『月島』、今年は住吉神社の三年に一度の本祭り、8月4日宮入を実際に月島に行き見てきましたが、本当に活気の有る伝統的なお祭りでした。又佃島の風情が良く描かれていて、高層ビルと昔ながらの路地裏のアンバランス、瞳と健さんや年寄りを交えた『シップホップダンス』など、ドラマから色々な事が学べます。ドラマの軸は何と言っても『里親制度』でしょう。世の中には色々な境遇の子供が居て、又それを助け手伝う制度も有ると言う事を知りました。西田敏行と飯島直子の親子、良い味出していました。

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埼玉県立川島ひばりが丘養護学校 蒲生地区民児協研修

埼玉県立川島ひばりが丘養護学校    蒲生地区民児協研修
埼玉県立川島ひばりが丘養護学校    蒲生地区民児協研修
埼玉県立川島ひばりが丘養護学校    蒲生地区民児協研修
  9月11日(木)蒲生交流館前7:45分集合。

今日は民生例会を兼ねての、市外研修に行って来ました。

日程コース

越谷⇒県立川島ひばりヶ丘養護学校⇒昼食⇒川越(菓子屋横丁・蔵の街・時の鐘・喜多院)⇒越谷着

県立川島ひばりヶ丘養護学校

  三町(伊奈・川島・吉見)と五市(上尾・桶川・川越・北本・東松山)その外さいたま市・鴻巣市・所沢市・狭山市・富士見市から、スクールバスや自家用車を使って通学して来る、肢体不自由児のための学校なのです。小学部・中学部・高校部に分かれて160名の生徒が学んで居ます。6・3・3の12年間を学校で過ごす事が出来ます。

  体にハンデを持っている子供達ですから、養護学校の教諭はとても大変だと思いました。施設の立派さには驚き、又広々とした空間設備も充実して、職員事務方134名の人達で教育指導をしています。児童も身体に応じた車椅子を学校と家に持っているそうです。給食も有り身体の状態によって、普通食の子供はサロンで一緒に食べたり、刻み食の子や流動食の子供達は教諭の介護の元にたべます。

  学校のシステムは知能の向上に依って学年が上がるのではなく、在校年数に依って進級していくので12年間が終わった家庭にとっては卒業はとても深刻な問題になるそうです。又肢体不自由で知能は正常な子供は大学を受験するそうです。学校の授業料は無料と言うことです。世の中には色々な子供達がいますが、本当にに申し訳ないと思いますが、研修させていただき、自分の周りはなんて幸せな人達が多いいんだろうと、感謝をしてしまいました。

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小江戸 川越

小江戸 川越
小江戸 川越
小江戸 川越
    研修の後、川島町で昼食を取り、川越に向かいました。

  川越には色々な人と、4~5回は来ています。特に珍しい所は有りませんが、菓子屋横丁時の鐘蔵造りの街喜多院など、ちょっと江戸時代にタイムスリップしたような、風情が有ります。 江戸城を築いた太田道灌が、川越城を築城しています。

club  昔産業として食糧・木材などを多量に、川越から新河岸川を使って、船運と川越街道を利用して、江戸に運びその台所を賄っていた

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喜多院の五百羅漢 川越市

喜多院の五百羅漢   川越市
喜多院の五百羅漢   川越市
  ★喜多院の創建は奈良時代までさかのぼるとか、慶長四年(1599)喜多院第二十七世の法統をつぐ、天海僧正の意見により、寺領四万八千坪及び五百石を家康公より下し、寺の工事を命じ、喜多院を建立した。寛永十五年の川越の大火で、現存の山門を除き全て焼失した。そこで三代家光公が命じて、すぐ復興にかかり、江戸城紅葉山(皇居)の別殿を移築して、客殿・書院等に当てた。家光誕生の間・春日局の間があるのはそのためである。

五百羅漢さんは喜多院の境内の山門脇に鎮座されている。最近は写真によって、色々と紹介されて有名になっている。

  天明二年(1782)~文政八年の約五十年にわたり建立されたものです。十大弟子・十六羅漢をふくめ五三三尊者のほか、大仏や菩薩など五三八体が鎮座している。その数には驚かされる、捜せば、自分に似た羅漢さんに会えるとか?

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仲秋の名月

仲秋の名月
fullmoon今年は9月14日が仲秋の名月です。(旧8月15日)

この三連休はお天気が崩れる予報が出ていましたが、今夜はまんまるのお月様が、見られました。犬の散歩をしながら、中土手から眺める月は、鑑賞に値する満月、久し振りにジーッと見上げました。義母が居たときは毎年、十五夜と十三夜には、お餅と梨里芋を箕の上にのせ、ススキを飾ってお供えをしました。ヨーカ堂へ夕食の買い物に行ったところ、お月見団子が沢山売って居ましたので、思い出したように久し振りに、お月様にお供えをしました。

fullmoonお月見とは旧暦8月15日に月を鑑賞する行事です。

この日の月は[仲秋の名月][十五夜][芋名月]と呼ばれます。この日はお団子やお餅ススキ里芋などをお供えして、月を眺めます。

fullmoonお月見の日は毎年違うのです

お月見は旧暦で行う行事なので、旧暦(太陰太陽暦)は、月の満ち欠けで日付を決めるもので、現行の太陽暦(グレゴリオ暦)とはシステムが異なり、そのため両者の日付にはまったく関連がなく、従って月見の日付(旧8月15日、旧9月13日)も年によって一定
していません。来年の十五夜は10月3日になります。

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132回 瓦曽根楽しく歩く会

132回 瓦曽根楽しく歩く会
132回 瓦曽根楽しく歩く会
132回 瓦曽根楽しく歩く会
9月13日(土)8時新越谷駅改札前集合、残暑まだまだ厳しい中、34名が集まり出発しました。

今回のコースは 玉川上水緑道都内コースです。昼食は井の頭公園でゆっくりの14㎞コースでした。

新越谷→北千住→代々木上原→下北沢→明大前駅下車…玉川上水歴史遊歩道…東京身代わり不動尊…弁財天…井の頭公園…三鷹駅→西国分寺→南越谷駅]4時着

今日も朝から暑くなり、30度以上上がっているのでしょう、顔から止めどもなく汗が流れサウナ状態です。水分補給をこまめに取り、いろいろな人とお話ししながら歩き、健康に感謝して楽しく仲間作りができるのが嬉しいのです。予定が重ならない限りは、楽しみに参加をしています。

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第四回蒲生フェスティバル

第四回蒲生フェスティバル
第四回蒲生フェスティバル
8月31日「蒲生フェスティバル」が開催されました。

テーマは[蒲生はみんな友だち、ーいい出会いふれあい輝く日ー]

趣旨は蒲生地区コミュニティ推進協議会は、地区の街づくりを計画して、平成13年から様々な事業を展開して(蒲生の歌)(蒲生音頭)(蒲生おもしろマップ)など企画立案し、着々と準備してきて、平成17年に計画に基づき[蒲生フェスティバル]の開催初年度となりました。 今年度第四回蒲生フェスティバルの開催が、地域の方々に喜ばれ楽しまれ親しまれて、地域のコミュニケーションになることが願いなのです。

実施団体は蒲生フェスティバル実行委員会・蒲生地区コミュニティ推進協議会・蒲生地区自治会連合会・蒲生地区公民館運営協力委員会・蒲生地区スポーツ・レクリェーション推進委員会・蒲生地区婦人会・蒲生地区青少年指導員協議会・蒲生地区子育連・各小中学校PTA・その他コミ協構成団体・蒲生地区センター・公民館 協力 越谷市消防団蒲生分団・ 蒲生地区婦人会

午前10時~12時まで子供広場 午後6時~9時までが子供達の合唱・太鼓のセレモニー・盆踊り・抽選会が雨天順延で8月31日に開催終了しました。

婦人会として浴衣を着て盆踊りに参加をしました。今夏最後の踊り納めでした。

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第39回蒲生地区市民体育祭

第39回蒲生地区市民体育祭
第39回蒲生地区市民体育祭
第39回蒲生地区市民体育祭
9月7日(日)蒲生地区体育祭が越谷市立南中学校校庭に於いて、実施されました。

9自治会・婦人会・成人野球連盟・ソフトボール連盟の協力の基に、蒲生地区の老いも若きも一同に集い、晴天の1日に恵まれ、爽やかな大会が無事終了しました。

体育祭も数年前には、23の自治会がこぞって参加をしていましたが、今は子供達も少なく役員世話役の高齢化によって、参加団体が減少しているのです。 私の町会は瓦曽根二丁目ですすが、毎年世話役さんがとても熱心なのです。 去年は総合三位でしたが、今年は応援頑張ったので、準優勝する事が出来ました。

成績は自治会対抗リレーが一位・ 紅白玉入れが一位・ 子供玉入れが一位・自治会ボール運び二位・二人三脚が三位で総合二位の成績でした。おまけに元気な応援が評価されて、応援賞まで頂き表状が六枚になりました。

私も数年前までは紅白玉入れの選手として、自治会チームに貢献をしていました。体育祭が近くなると7月頃から週に二回は夜7時から一時間ほんばんの前日まで練習をします。100個の玉を60~70個以上30秒の時間内に籠の中に投げ入れのです。短時間勝負なので、男4人女4人の8人チームなので、男は玉を投げ入れて、女はしゃがんで玉を五個づつ積み男性に素早く渡すのです。これが結構キツイ練習なのです。蒲生地区で一位で優勝したので、又紅白玉入れの蒲生地区の代表として、越谷市の中央市民体育祭出場するために、10月12日の大会日まで又夜の練習が始まるのです。まだ運動会は続きます。ご苦労様又応援に行きますから、頑張って下さい。

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パンケーキ教室 9月

パンケーキ教室     9月
9月9日パンケーキ教室がありました。

今月は夏休み明けで、先生からのレシピで作ります。 (パンプキンパイ)と(コーンマヨパン)の二種です。

今回は一班の買い出し当番で私達の番です。前もってNさんとレシピの内容を確認して、何単位を作るか決めて、必要な材料の数量を出して、買い出しの量や個数を出して、買い物を班の人で割り振り、分担して買ってきてもらいます。その外講習と平行して、食事の準備もします。クラブ員は16名先生と公民館の方を入れると、約20名を毎回用意しています。

今日は「米黒ご飯 ・ジャガイモのつくね ・カボチャの煮物 ・たくわん ・マイタケと三つ葉のお清汁」を作りました。パン作りも手慣れていて、色々なことを同時に進行しながら、ポイントの部分は聞き逃さないように、先生の指示に従います、後は出来る人達の集団なので、盛り沢山のメニューも時間内には出来上がりました。 今回の食材は生のトウモロコシと栗カボチャを使用秋の味覚満載でした。

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大相模不動尊 梨市

大相模不動尊   梨市
大相模不動尊   梨市
大相模不動尊   梨市
例年9月4日は昔から不動様の梨市と決まっていて、近在の人達は秋の実りに感謝して、梨を食べられるのを楽しみに待って、籠一杯買って帰ったそうです。

亡くなった義母が良く話していました。昔はお店も少なく、毎年梨市ガお寺の境内に開かれ、甘くて美味しい梨を買って貰い、縁日も立ち楽しい年間行事になっていたようです。

今は二〜三日前に広報宣伝カーが、梨市の宣伝に町内を廻って来ました。 夕方6時30分頃リュックをしょつて、主人とバンコの三人で、散歩しながら不動様に行ってきました。元荒川沿いの土手を二キロほど歩くと着きます。境内ではカラオケやフラダンス等の余興が、舞台の上で行われ、境内は夜店やボランティアの焼鳥屋さんまで出ていて、見物客も多く賑やかでした。 肝心の梨市は昼間で梨は完売して「無し」になっていました。

大相模の不動様 [大聖寺]の歴史

真言宗真大山大聖寺は天平勝宝二年(750)の創建で御本尊は不動明王像です。

徳川家康が関東に入国した時、(天正十八年[1590])領国統治の為主な有力寺社へ、寺社領安堵状(朱印状)を出し、この時大相模不動院に六十石が与えられた(大宮氷川神社は二百石)。 その後家康は鷹狩の名目のもとに民情視察に各地を巡遊して歩いた。大聖寺にも休泊し、その時使用した寝衣や葵の紋のついた茶器が残っている。由緒正しい歴史のあるお寺さんです。

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北越谷水彩画合同展

北越谷水彩画合同展
北越谷水彩画合同展
北越谷公民館で伊丹典子水彩画教室の活動している、3っつのサークルが、毎年一回9月前後に合同展を開催。

発表の場として、越谷市中央市民会館二階ギャラリーにおいて、73点の絵を大勢の方々に見て頂く機会が与えられました。新米一年生からベテランさんまで、一同に展示されます。私も一年4ヶ月が過ぎ、二回目の出展に成ります。

今年は開催中異常気象で天気が荒れて、大雨洪水警報が出たり地震が起きたり、暑かったり、地球温暖化の影響で地球が少しずつ、壊れていっているみたいですね。

大勢の方にご来場を頂き有難うございました。又よい作品がかけますように頑張ります。

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